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「改憲勢力で3分の2」ってどういう意味?

今回の参議院選挙をめぐっては「3分の2」という数字に言及されることがよくあります。野党第1党・民進党も選挙ポスターで「まず、2/3をとらせないこと」と記載したものもあります。
3分の2とは何か。これは、憲法改正の「発議」に必要な議席数のことです。憲法改正の手続きについて定めた憲法96条は、次の通りです。

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

つまり、憲法を改正するためには

  • 衆議院で3分の2の議席数
  • 参議院で3分の2の議席数
  • 国会で発議した上で、国民投票で過半数の賛成

の3つのハードルがあるわけです。2014年の衆議院選挙の結果、自民・公明の与党で衆院では3分の2の議席数をクリアしています。今回の参院選で「改憲勢力」で3分の2の議席数に届けば、憲法改正を「発議」するハードルをクリアすることになるのです。

憲法改正に前向きな「改憲勢力」としては、自民党公明党おおさか維新の会日本のここをを大切にする党の4党を指すことが主流となっています(詳細は各政党のリンクをご参照ください)。
この4党の議席数を足して3分の2に届くかどうか、が今後の憲法論議の行方をめぐる大きな焦点となっているのです。

なお、民進党も憲法改正そのものは否定していませんが、安倍政権のもとでの憲法改正には反対という立場です。

安倍総理は「争点隠し」をしてるって?

かねてから憲法改正に意欲を示している安倍総理ですが、今回の選挙戦では憲法改正にほとんど触れていません。自民党の選挙公約でも、最後の項目で以下のように触れているだけです。

わが党は、結党以来、自主憲法の制定を党是に掲げています。憲法改正においては、現行憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの基本原理は堅持します。現在、憲法改正国民投票法が整備され、憲法改正のための国民投票は実施できる状況にありますが、憲法改正には、衆参両院の3分の2以上の賛成及び国民投票による過半数の賛成が必要です。そこで、衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め 、各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指します(自民党選挙公約より)

憲法改正を目指す、としながらも、具体的な改憲テーマには言及していません。これに対して野党は「争点隠しだ」と批判しているのです。野党としては、安倍政権はこれまでも、選挙の時にはアベノミクスを訴え、選挙で勝利すると選挙戦ではあまり訴えなかった「特定秘密保護法」や「平和安全法制」などを数の力をもって成立させてきた。今回も、選挙で憲法改正をほとんど訴えていないが、勝てば憲法改正に進んで行くのだろう、と訴えているのです。

自民党が作成した憲法改正草案は立憲主義に反するの?

では、自民党はどんな憲法を目指しているのでしょうか。自民党が2012年(野党時代)に作成した憲法改正の草案をみてみると、多岐にわたる改正項目がある中で、以下のポイントで特に賛否が分かれています。

  • 憲法9条に自衛権・国防軍の保持を明記
  • 憲法改正の発議要件を、衆参両院の3分の2から過半数に緩和
  • 国民は「国旗及び国歌を尊重しなければならない」
  • 国民の自由や権利は「公益及び公の秩序に反してはならない」
  • 国民に対して「憲法を尊重しなければならない」

これに対し「立憲主義に反する」という批判があります。憲法は権力者に歯止めをかけるものであるにもかかわらず、自民党案では国民に対して憲法への尊重義務を課しており、これは立憲主義に反するという主張です。
この点について、自民党は以下のように反論しています。

立憲主義は、憲法に国民の義務規定を設けることを否定するものではありません。実際、現行憲法でも「教育を受けさせる義務」「勤労の義務」「納税の義務」が規定さ れており、これは、国家・社会を成り立たせるために国民が一定の役割を果たすべき基 本的事項については、国民の義務として憲法に規定されるべきであるとの考え方です。(自民党・日本国憲法改正草案Q&A

また、自民党の憲法改正草案では9条も改正。現行憲法が否定してきた集団的自衛権も認める内容となっています。憲法改正に反対する「護憲派」は「憲法9条を守る」ことを強く主張していて、ここも大きな対立点です。

「3分の2」を得たら、安倍政権は本当に憲法改正に突き進むの?

では、今回の参院選挙で与党が勝利し、衆院・参院ともに3分の2の勢力を得た場合、安倍政権は憲法改正へと進んで行くのでしょうか。憲法改正のプロセスが前に進むことは予想されますが、その場合でも、まずは野党の合意も得られるテーマから取り組んでいくと見られています。

なぜなら、仮に衆参3分の2の勢力をもって「発議」しても、憲法改正のためには最後の大きなハードル「国民投票で過半数の支持」を得る必要があるからです。もし憲法9条の改正など、賛否が分かれるテーマから取り組むと、野党の非常に強い反発が予想され、国民投票で過半数を得るのは難しいだろうと見られているためです。

したがって、まずは「緊急事態条項」の追加など、野党も含めて多くの賛成が得られるテーマから取り組むことになりそうです。ただし、護憲派はこれを「お試し改憲」と批判しています。「憲法改正に国民を慣れさせ、その先には憲法9条の改正という本当の目的があり、応じるわけにはいかない」と訴えているのです。

くりかえしになりますが、憲法改正は最終的には国民投票で賛否が問われるのであって、国政選挙で決まるものではありません。また、安倍政権がただちに憲法9条の改正などに取り組む可能性は高くないと見られます。ただし、自民党はじめ各党がどんな憲法の将来像を描いているのかは、念頭においておく方が良いかもしれません。

(※写真提供:Sean Pavone / Shutterstock.com