「河野談話の見直し」って?

    河野談話の中には、日本軍による強制連行があったように受け取れる部分があるため、国際社会の不当な誤解を招いているとして、談話の見直しを求める声があります。第1次安倍政権下の2007年、「強制連行の裏付け資料はない」と閣議決定されました。また、第2次安倍政権の2014年、河野談話の作成過程の検証が行われ、韓国側と水面下でのすり合わせがあったことなどが明らかにされました。しかし、安倍政権は河野談話の見直しは行わないとしています。

日本軍による慰安婦の「強制連行」を裏付ける資料的証拠は見つかっていません。
しかし、河野談話には次のような記述があります。

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった

「官憲等がこれに加担したこともあったことが明らかになった」と、
日本軍による強制連行を認めたような表現になっています。

また、河野官房長官は記者会見の場で強制連行の事実があったという認識か問われ、
「そういう事実があったと。結構です」と述べました。

談話のあいまいな表現と河野氏の発言によって、
日本政府が慰安婦の強制連行の事実を認めたように受け止められました。

このことによって、国際社会で日本の名誉が不当に傷つけられているとして、
談話の見直しを求める声があります。

第1次安倍政権の政府答弁「強制連行の裏付け資料なし」

第1次安倍政権の2007年3月5日、参議院予算委員会で安倍首相は以下のように発言しました。

官憲が家に押し入っていって人を人さらいのごとく連れていくという、そういう強制性はなかったということではないか

間に入った業者が事実上強制をしていたというケースもあったということでございます。そういう意味において、広義の解釈においての強制性があったということではないでしょうか

また、2007年3月16日に閣議決定された答弁書には、次のようにあります。

政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった

つまり、本人の意思に反して慰安婦にされた、という「広い意味での強制」はあったのだろうが、
軍や官憲が無理やり連れ去るような「狭義の強制」については証拠がない、としたのです。

政権は一方で「河野談話を継承する」ことも明言していましたが、
慰安婦問題に対する姿勢が後退したと反発を招き、各国で非難する決議が相次ぎました。

世界各国で相次いだ慰安婦問題を非難する決議

2007年7月30日、アメリカ合衆国下院で慰安婦問題への非難決議が採択されます。
そこでは、慰安婦問題について以下のように記載されています。

(原文)
Whereas the ‘‘comfort women’’ system of forced military prostitution by the Government of Japan, considered unprecedented in its cruelty and magnitude, included gang rape, forced abortions, humiliation, and sexual violence resulting in mutilation, death, or eventual suicide in one of the largest cases of human trafficking in the 20th century;
※「アメリカ合衆国下院121号決議」より抜粋

(日本語訳)
日本政府による強制軍事売春たる「慰安婦」制度は、その残酷さと規模において前例のないものであるとされ、集団強かん、強制中絶、屈従、そして身体切除、死、結果的自殺に至った性暴力を含む、20世紀でも最大の人身取引事件の一つである
※日本語訳参考:アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」HP

そして、非難決議では日本に対して、
・慰安婦制度を若い女性たちに強制したことを正式に認め、謝罪し、歴史的責任を受け入れること
・慰安婦問題について、現在および将来にわたって教育すること
などを求めました。

このアメリカ下院の決議に続いて、オランダ下院、カナダ下院、EU議会が、
そして翌2008年には韓国国会、台湾立法院が非難決議を行いました。

「石原証言」と河野談話作成過程の検証

河野談話をめぐる議論が再び活発になったのは、第2次安倍政権になってからです。

当時の官房副長官として河野談話の作成に関わった石原信雄氏は、
2014年2月20日、衆院予算委員会で証言しました。

石原氏は、元慰安婦の証言について裏付け調査が行われていないことを明らかにしました。

十六人の方の証言を日本側の担当官が聞いて、それを記録して帰ってきたわけでありますが、その後それを、証言の事実関係を確認するための裏づけ調査というものは行われておりません

裏付け調査が行われなかった理由については、
当時は裏付けを要求できるような雰囲気ではなかった、と述べました。

当時は、慰安婦とされた人たちの中で客観的な状況を話せる人を選んでいただきたい、その要請に応えて、そういう人を選びますということで韓国側が十六人の候補者を出したわけですから、当時の状況としては、それの裏づけをとるというか、そういうことができるような雰囲気ではなかったと思っております。
一般論としては、この種のものについては裏づけをとるということはあるんでしょうけれども、あの当時の状況としては、そういうことをこちらが要求するような雰囲気ではなかったと思っております

石原氏はまた、自身は関与していないので確認はできないとしつつも、
談話の作成過程で韓国政府と間で意見のすり合わせがあったと推定される、としました。

作成過程で意見のすり合わせというものは、当然、行われたということは推定されますけれども、私自身はそのことにタッチしておりませんので、確認できません

これら石原氏の証言を受けて、
河野談話の検証や内容の見直しをすべきという主張がさらに強くなりました。

安倍政権は、「談話の見直しはしないが、検証は行う」方針を示します。
2014年3月14日の参議院予算委員会で、菅官房長官は次のように述べました。

韓国側との意見のすり合わせ、どうだったかというその可能性についてはやはり検証する必要があるだろうというふうに思います。そしてまた、元慰安婦からの聞き取り調査、これについては、個人を特定しない、非公開ということが前提で実は行われたという経緯もあります。我が国はやはりそうした約束は守るべきだというふうに思っております。そういう中で、この点につきましては、機密を保持する中で政府として確認をすることは必要だろうというふうに思います

そして、「河野談話作成過程等に関する検討チーム」が設けられました。

検証結果の公表。韓国政府との文言調整の経緯が明らかに。

検証チームは2014年6月20日、検証結果を公表し、河野談話の作成過程が明らかにされました。

談話の作成にあたり、当時の日本政府は元慰安婦への聞き取り調査を行いましたが、
談話の原案は、その調査が終了するよりも前に既に作成されていたといいます。

談話の原案は、聞き取り調査(1993年7月26日~30日)の終了前の遅くとも1993年7月29日までに、それまでに日本政府が行った関連文書の調査結果等を踏まえて既に起案されていた

そして原案をもとに、水面下での韓国政府との文言調整が行われました。

韓国側は、発表内容は日本政府が自主的に決めるものであり、交渉の対象にする考えは全くないがとしつつ、本問題を解決させるためには、韓国国民から評価を受け得るものでなければならず、かかる観点から、具体的発表文を一部修正されることを希望する、そうした点が解決されることなく日本政府が発表を行う場合は、韓国政府としてはポジティブに評価できない旨述べた。
その後、韓国側は、上記文言調整の期間中複数回に亘りコメントを行った。これに対し、日本側は、内閣外政審議室と外務省との間で綿密に情報共有・協議しつつ、それまでに行った調査を踏まえた事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望について受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で、談話の文言について韓国政府側と調整した

文言調整の際、具体的に論点となったのは、以下の3点でした。
・慰安所の設置に関する軍の関与
・慰安婦募集の際の軍の関与
・慰安婦募集に際しての「強制性」

報告書には以下のように、当時の日本政府と韓国政府のやり取りの経緯が記されています。

慰安所の設置に関する軍の関与について、日本側が提示した軍当局の「意向」という表現に対して、韓国側は、「指示」との表現を求めてきたが、日本側は、 慰安所の設置について、軍の「指示」は確認できないとしてこれを受け入れず「要望」との表現を提案した。
また、慰安婦募集の際の軍の関与についても、韓国側は「軍又は軍の指示を受けた業者」がこれに当たったとの文言を提案し、募集を「軍」が行ったこと、及び業者に対しても軍の「指示」があったとの表現を求めてきたが、日本側は、募集は、軍ではなく、軍の意向を受けた業者が主としてこれを行ったことであるので、「軍」を募集の主体とすることは受け入れられない、また、業者に対する軍の「指示」は確認できないとして、軍の「要望」を受けた業者との表現を提案した。
これらに対し、韓国側は、慰安所の設置に関する軍の関与、及び、慰安婦の募集の際の軍の関与の双方について、改めて軍の「指図(さしず)」という表現を求めてきたが、日本側は受け入れず、最終的には、設置については、軍当局の「要請」により設営された、募集については、軍の「要請」を受けた業者がこれに当たった、との表現で決着をみた。
なお、「お詫びと反省」について、日本側は、「いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた方々ひとりひとりに対し、心からお詫び申し上げる」との原案を提示し、韓国側は、「お詫び」の文言に「反省の気持ち」を追加することを要望し、日本側はこれを受け入れた。
この交渉過程で、日本側は宮澤総理、韓国側は金泳三大統領まで案文を上げて最終了解を取った。
慰安婦募集に際しての「強制性」について、どのような表現・文言で織り込むかが韓国側とのやりとりの核心であった。8月2日の段階でも、韓国側は、いくつかの主要なポイントを除き、日本側から韓国側の期待に応えるべく相当な歩み寄りがあり、その主要な点についても双方の認識の違いは大きくないと述べる一方、越えられない限界があり、韓国国民に対して一部の慰安婦は自発的に慰安婦になったとの印象を与えることはできない旨発言していた。
具体的には、日本側原案の「(業者の)甘言、強圧による等本人の意思に反して集められた事例が数多くあり」との表現について、韓国側は、「事例が数多くあり」の部分の削除を求めるも、日本側はすべてが意思に反していた事例であると認定することは困難であるとして拒否した。また、朝鮮半島における慰安婦の募集に際しての「強制性」にかかる表現について、最後まで調整が実施された。8月2日夜までやりとりが続けられ、「当時の朝鮮半島は我が国の統治下」 にあったことを踏まえ、慰安婦の「募集」「移送、管理等」の段階を通じてみた場合、いかなる経緯であったにせよ、全体として個人の意思に反して行われたことが多かったとの趣旨で「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して」という文言で最終的に調整された

このように、河野談話の表現に至るまでに、
韓国政府との間で交わされたやり取りが明らかになりました。

ただ、安倍政権は「河野談話の見直しをしない」姿勢を取り続けています。
外交への配慮とみられます。