「クマラスワミ報告」って何?
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1996年にクマラスワミ氏が国連人権委員会に提出した報告書です。慰安婦問題を「軍性奴隷制」と指摘し、日本政府に謝罪や補償、関係者の処罰などを勧告しました。根拠として、元慰安婦への聞き取り調査や「河野談話」のほか、後に虚偽と判明している「吉田証言」を引用していることなどから、事実誤認だという批判があります。
スリランカ人の女性法律家であるクマラスワミ氏は、
国連人権委員会の「女性に対する暴力に関する特別報告者」に任命されます。
元慰安婦への聞き取り調査を行い、1996年、国連人権委員会に報告書を提出しました。
以下、報告書を抜粋しながら内容をみていきます。
まず報告書では、慰安婦問題を「軍性奴隷制」の事例であると指摘しています。
戦時中、軍隊によって、また軍隊のために性的サービスを強要された女性たちの事例は軍性奴隷制の実施であったと、本特別報告者はみなしている
報告書作成の根拠としている元慰安婦たちの証言については、次のように述べ信頼できるとしています。
東南アジアのそれぞれまったく別の場所からきら女性たちが、自分がどうやって徴用されたか、軍や政府がどう関わっていたかについて一貫した証言を行っていることは疑問の余地がない。これほど多くの女性が自分の目的のためだけに政府の関与の程度について似たような話をでっち上げるなどとは、まったく信じがたいのである。
また、日本軍による「強制連行」について、元慰安婦の証言に加えて「吉田証言」を引用しています。
元慰安婦の多くは、連行される過程で暴力や強制が広く行われていたことを証言している。
さらに、強制連行を行った一人である吉田清治は戦時中の体験を書いた中で、
国家総動員法の一部である国民勤労報国会の下で、
他の朝鮮人とともに1000人もの女性を「慰安婦」として連行した奴隷狩りに加わっていたことを告白している
ただし、この「吉田証言」については、秦郁彦氏の反論についても言及しています。
千葉大学の歴史学者秦郁彦博士は「慰安婦」問題に関するある種の歴史研究、とりわけ韓国の済州島の「慰安婦」がいかに苦境に置かれたかを書いた吉田清治の著書に異議を唱える。
秦博士によれば、1991年から92年にかけて証拠を集めるために済州島を訪れ、「慰安婦犯罪」の主たる加害者は朝鮮人の地域の首長、売春宿の所有者、さらに少女の両親たちであったという結論に達した。
親たちは娘が連行される目的を知っていたと、秦博士は主張する。
その主張を裏付けるために、博士は本特別報告者に、1937年から1945年までの慰安所のための朝鮮人女性のリクルートは基本的に二つの方法で行われていたと説明した。
いずれの方法も、両親や朝鮮人の村長、朝鮮人ブローカーすなわち民間の個人がすべてを承知で協力し、日本軍の性奴隷として働く女性をリクルートする手先となったというのである。
同博士はまた、ほとんどの「慰安婦」は日本軍と契約を交わし、平均的な兵隊の給料(一ヶ月15-20円)よりも110倍も受け取っていたと考えている。
一方で、報告書では吉見義明氏も取り上げ、
日本軍が慰安婦の強制連行を指示したという見方を紹介しています。
本特別報告者はまた、中央大学の吉見義明教授にも会い、朝鮮人「慰安婦」のリクルートが日本帝国軍当局も承知の上で行われたことを裏付ける資料を提供された。
吉見教授はまた、本特別報告者に原本資料の詳細な分析を示し、師団や連隊の後方参謀や副官が派遣軍から指示を受け、憲兵を使って占領地の村長や地元の有力者に軍の性奴隷として働く女性を集めさせるのが普通であったと主張する。
そして報告書は、慰安婦の募集が日本軍によって「組織的かつ強制的に行われた」と事実認定しました。
これら(編集部注:元慰安婦の証言)によって本特別報告者は軍性奴隷制が日本帝国陸軍の指導部により、また指導部の承知の上で、組織的かつ強制的に行われたと信じるに至ったのである
さらに、「河野談話」を根拠に、
日本政府が強制連行を認めた、と事実認定しています。
日本政府は1994年8月、(編集部注:1993年の間違い)
「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」ことを認めた。
第二次大戦中に「慰安婦」を募集し連行したことを認めたのである。
また、軍関係者が、女性たちの意志に反して行われた募集に直接関与したことも認めた。
さらに「本件は、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とも言明した。
日本政府に責任があることに「絶対的確信を得た」と述べた上で、
日本政府には「国際人道法違反の法的責任が残されている」と述べています。
慰安所にいた女性たちのほとんどは意志に反して連行されたこと、日本帝国軍は大規模な慰安所ネットワークを設置し、規制しかつ管理していたこと、慰安所に関して責任は日本政府にあることについて、本特別報告者は絶対的確信を得た。加えて、日本政府は国際法の下でこれが示唆する責任を果たす用意をすべきである。
また、日本政府は「法的に解決済み」という立場ですが、
報告書は、次のように述べて日本政府に法的責任が残っていると主張しました。
これらの条約(サンフランシスコ講和条約、日韓請求権協定)は日本による戦争行為の間の女性の人権侵害に関するものでもなかった。従って、これからの諸条約は元軍性奴隷による請求は含まれておたず、日本政府には結果として起きた国際人道法違反の法的責任が残されているというのが本特別報告者の結論である
一方で、日本政府が道義的責任を認めていることや、「アジア女性基金」の取り組みについては、
報告書は評価を示しています。ただ、責任を免れることはない、という立場です。
第二次大戦中の「慰安婦」の存在について、日本政府は法的責任を受け入れていないが、多くの発言で道義的責任は認めているように思われる。
本特別報告者はこれを歓迎すべき端緒であると考える
本特別報告者は道義的観点からこの基金設置を歓迎するが、しかし、それは国際法上の「慰安婦」の法的請求を免れさせるものではない
そして報告書は、日本政府に以下の内容を勧告しています。
クマラスワミ報告の日本政府に対する勧告
- 日本政府が、法的責任を受け入れること
- 被害者個々人への補償
- すべての文書資料の完全公開
- 書面による公的謝罪
- この問題への意識を高める教育カリキュラム
- 関係者の特定と処罰
「クマラスワミ報告」に対する日本政府の反応
日本政府は当初、反論文書を作成し国連人権委員会に提出しました。
この反論文書は2014年10月21日現在公開されていませんが、産経新聞が報じています。
反論文書は、クマラスワミ報告書を「偏見に基づく」「随所に主観的な誇張」などと強調。報告書が明確な誤りの多いオーストラリア人ジャーナリストのジョージ・ヒックス氏や、戦時中に下関で労務調達に従事し「奴隷狩り」で慰安婦を集めたと虚偽証言した吉田清治氏らの著作を引用していることから、「本来依拠すべきでない資料を無批判に採用」と批判した。
法的議論についても、報告書が日本の法的責任を求めたことを「誤った国際法の解釈」とし、「およそ法的には成り立たない恣意(しい)的な解釈に基づく政治主張」と突っぱねていた。
しかし日本政府は、反論文書をすぐに撤回しました。
反論することによってむしろ慰安婦問題の議論をおこしかねないと懸念したため、とみられています。
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